笠原乾吉著 複素解析(ちくま学芸文庫)を読んで

 解析学も複素関数論のステージに入ると、本格的に数学の勉強をしている気分になるものです。コーシー・リーマンの関係式やコーシーの積分定理などの証明も単純ではなくなり留数の定理からの実関数の定積分の計算は、より複雑になります。さらに複素関数論は、複素多様体、有理形関数、ボアンカレ計量や楕円関数などへと発展していきます。


 名著と呼ばれる複素関数論の書籍は沢山ある中で、コンパクトで読みやすい本がないかと思っていました。アールフォルス「複素解析」の翻訳者としても有名な笠原先生がお書きになった、この本は定理の証明や計算の過程が丁寧に書かれています。


 この記事では、各章における小節の項目と定理とそのページが書いてあります。記事を読めば、この本の何処に何が書いてあるか大筋がわかるでしょう。この本を読まれる方の、お役に立てば幸いに存じます。

 本書は、はじめて複素解析(複素関数論)を学ばれる方のための入門書です。この本の目的は複素解析とは何かを追求するところにあります。

 複素数を変数にもつ複素数値関数が、ある領域のすべての点で微分可能なとき、その関数を正則関数( regular function, holomorphic function )と呼びます。本書では、コーシー・リーマンの方程式、コーシーの積分定理、コーシーの積分公式、留数定理などの正則関数に関する基本的な性質からはじまり、ピカールの大定理、楕円関数、モジュラー関数の話まで丁寧に解説されてあります。
「形式的には実数を複素数にしただけで複素微分可能性が、実数のときとはちがってこんなに豊富な内容をもつのは不思議なことである。」
と著者は述べています。

第1章 正則関数とは何か

 この章では、複素微分可能であるための五つの必要十分条件について解説してあります。

  1. コーシー・リーマンの方程式     定理 1.2.3 P.24
  2. コーシーの積分定理         定理 1.3.2 (ⅰ) P.29
  3. コーシーの積分公式         定理 1.3.2 (ⅱ) P.29
  4. 原始関数の局所的存在        定理 1.4.4 P.32
  5. 整級数展開可能性          定理 1.5.1 P.33

 いずれの定理も,複素関数論の初め学ぶ重要な定理です.
さらに,連続関数が正則ならば等角写像でもある.(定理 1.6.1(メンショフの定理) P.38)
(擬)等角写像は偏微分方程式論や流体力学に応用をもち,さらにリーマン面のモジュラスの理論では最も中心的な位置をしめている.
 最後の節では,正則関数と調和関数との関係について触れています.

第2章 正則関数の性質

 最も基本的な正則関数の定理を四つ説明されています.

  1. 一致の定理             定理 2.1.1 P.41
     (この定理により実解析関数が正則関数に延長されることを示し,指数関数,三角関数を導入する)
  2. 最大値の原理            定理 2.2.1 P.45
  3. ワイエルストラスの二重級数定理   定理 2.3.1 P.47
    系 2.3.2 微分記号と積分記号の交換 P.48
    (この条件も応用上重要な条件の一つです)
  4. 写像としての局所的性質       定理 2.4.1 P.50
    (ある点を原点に適当に座標変換することで,局所的に正則関数は写像として$ w = z^{ n } $と同じ振る舞いをすることを示します)

第3章 孤立特異点

 基礎的な孤立特異点に関する事項が述べられています。
 はじめに孤立特異点の周りでローラン級数に展開します。

  1. ローラン級数            定理 3.1.1 P.54
    このローラン級数の形により、孤立特異点は除去可能な孤立特異点、極、真性特異点に分かれます。
  2. リーマンの除去可能特異点定理    定理 3.2.3 (ⅰ) P.57
     ワイエルストラスの定理      定理 3.2.3 (ⅲ) P.57
  3. 留数定理             定理 3.3.1 P.59
  4. 偏角の原理             定理 3.4.1 P.65
  5. ルーシェの定理           定理 3.5.1 P.68
     フルヴィッツの定理        定理 3.5.2 P.69
     代数学の基本定理         定理 3.5.4 P.69

第4章 多価関数とリーマン面(1次元複素多様体)

 対数関数を多価関数として理解するために、複素平面をリーマン面(複素多様体)に拡張します。多様体を理解することは現代数学への第一歩です。

4.1 無限遠点、リーマン面
4.2 有理形関数
4.3 対数関数 log z
4.4 多価関数のリーマン領域
4.5 リーマン面(1次元複素多様体)

第5章 正則関数・有理形関数は存在するか

 ある条件を満たす関数が存在すれば、何々が成り立つという形の定理が関数論では沢山あります。この章では、与えられた条件を満たす関数を作ることを問題にします。

5.1 リュービルの定理
5.2 有理関数
5.3 ミッタグ・レフラーの定理
5.4 ルンゲの定理
5.5 グザンの問題
5.6 ボアンカレ・グザンの問題
5.7 リーマンの写像定理
5.8 ディリクレ問題

  1. リュービルの定理              定理 5.1.1 P.93
  2. コーシーの評価式              補題 5.1.2 P.93
  3. ミッタグ・レフラーの定理          定理 5.3.1 P.97
  4. ルンゲの定理                定理 5.4.3 P.102
  5. クザンの加法的問題の解           定理 5.5.1 P.105
  6. コホモロジーの消滅             定理 5.5.2 P.105
  7. 非同次のコーシー・リーマン偏微分方程式   定理 5.5.3 P.106
  8. リーマンの写像定理             定理 5.7.1 P.112

第6章 一次変換

6.1 一次変換
6.2 非調和比
6.3 円円対応
6.4 対称点保存
6.5 単位円、上半平面の自己等角写像
6.6 シュヴァルツの補題と写像の一意性
6.7 一次変換の重要性

第7章 ボアンカレ計量

 単位円上に計量(ボアンカレ計量)を入れ、その計量から距離を定義する.ただし双曲型領域に正則写像が距離を縮小する写像となるように定義する.それを用いて「ピカールの大定理」を証明する.また,正規族の節で有名なアスコリ・アルツェラの定理(定理 7.5.3 P.163)に紹介します.
6節の円環領域において,解析的自己同形群,複素多様体のモジュラスについて最も簡単な実例を提供してあります.

7.1 ベルグマン計量
7.2 単位円の非ユークリッド幾何学
7.3 単位円を普遍被覆面とする領域
7.4 ピカールの大定理
7.5 正規族
7.6 円環領域

第8章 楕円関数・モジュラー関数

 周期関数の性質を基本として,基本周期 ω, ω’ をもつ二重周期関数の全体の集合を調べます.複素平面から二つの点を取り除いた領域が双曲型であることを示し,ピカールの大定理の証明が完結する.モジュラー関数と楕円関数との関係は章末に注が,付いています.

8.1 周期関数
8.2 2重周期関数(楕円関数)
8.3 ワイエルストラスのベー関数
8.4 楕円関数の加法定理
8.5 モジュラー関数 J(τ)
8.6 J(τ)のフーリエ級数展開
8.7 基本領域
8.8 モジュラー関数λ(τ)
8.9 2重周期関数をなぜ楕円関数というか

付録

付録 0 偏微分法から
0.1 偏微分はつまらない
0.2 全微分可能
0.3 $ C^{(1)} $, 偏微分の復権
0.4 陰関数定理
付録Ⅰ 複素平面C
付録Ⅱ 曲線、線積分、グリーン・ストークスの定理
付録Ⅲ 平面のベクトル解析
付録Ⅳ 1の分解と,グリーン・ストークスの定理の証明
付録Ⅴ 級数の和,一様収束,整級数,無限積
付録Ⅵ 正則関数とベクトル解析
付録Ⅶ 解析接続,1価性定理,コーシーの積分定理

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